Ein Heft
鹿子裕文『へろへろ』

鹿子裕文『へろへろ』

  • 発行年月日:2015年12月12日
  • 発行元:ナナロク社

この本は、サブタイトル「雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々」にあるように、福岡県にある老人介護施設「宅老所よりあい」とそこが刊行している雑誌『ヨレヨレ』を描いたノンフィクションです。著者の鹿子裕文さんは、「宅老所よりあい」の「世話人」の一人であり『ヨレヨレ』の編集者。

ノンフィクションとは言っても、老人介護の現状やそれを支える組織等が詳しくルポルタージュされているわけではありませんし、雑誌『ヨレヨレ』についてもその内容や編集の実際が細かく描かれているわけでもないと思います。だから、たとえば老人介護の現実とか、お年寄りを具体的にどうやって支えていくかを知ろうという期待にはそれほど応えるものではないかもしれません。

むしろ焦点になっているのは(サブタイトルの最後にある)「人々」。それも、客観的に網羅的に事実の描写を積み重ねるのではなく、あくまで鹿子さん自身の主観的な視点から「宅老所よりあい」をめぐる人びとを接写していきます。そして、これがめっぽう面白いのです。なによりユーモアのある軽快な筆致、なんとも躍動感のある語りで、おもしろくてすごいエピソードが次々と描かれていきます。人間的魅力と言ってしまうと何だか小綺麗すぎて、そう簡単にまとめられるものではなく、そこにその人がいて、その人に引きつけられていく、というか巻き込まれていく、そういう渦巻きのようなものが浮かび上がってくるように思いました。

でも、そのおもしろおかしい語りにのせられてずんずん読んでいくと、いつの間にか、たいへん大事な問いに行き当たります。「宅老所よりあい」とは何なのだろう? 4章の06、170ページで著者が雑誌『ヨレヨレ』の創刊号をつくっていてぶつかった疑問、それは読み進めてきた読者にとってもまったく同じような気がしました。そうなんだ、よく分からず楽しく読んでいたけど、そもそもどういうことだろう、と。そして、その後に筆者が綴っていること、また次の5章で、村瀬孝生さんが特養建設の住民説明会で語ったことを読んで、「うーん」と考えてしまいました。なんというか、本書の「へそ」がここにあるような気がしました。

# 鹿子裕文

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