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石塚真一『BLUE GIANT(ブルージャイアント) 10』

石塚真一『BLUE GIANT(ブルージャイアント) 10』

  • 発行年月日:2017年3月10日
  • 発行元:小学館

ジャズマンガ、『BLUE GIANT(ブルージャイアント)』。10巻は、物語が(一応の)完結を迎える最終巻です。

雑誌掲載時でも読んでいたのですが、単行本にまとまってあらためて読むと、物語の流れがよく分かるだけに、なおさら衝撃的です。雪祈……どうしてこんなことになってしまうんだろう……という思いが湧いてきます。Amazonのレビューでも賛否両論ですね。

たしかに、主人公の大、雪折、玉田のトリオがいつか解散することは、単行本既刊のBONUS TRACKでも示唆されていました。けれども、まさかこんな終わり方になるとはまったく予想できなかったです。通例の作劇パターンからは大きく逸脱している、そんな印象を受けます。ここまでしなくても解散に至る経緯はいろいろありうるんじゃないか、もっと違った終わり方ができたんじゃないか、そんなふうにも思います。

しかし、であればこそ、なおさら作者の石塚真一さんは、一種の確信を持ってこの物語をつくられたのでしょう。もしかすると、石塚さんには、まさにこの物語に表現されているような出来事(あるいはそれに近い出来事)の経験があるのかもしれません。あらゆる努力が一気に無に帰してしまうような、突如としてすべてが終わってしまうようなことが人生にはあるのだということです。そういう人生哲学と言ってもよいものが、なんとなくうかがえる気がします。

でも、ここまでしたからには、いつかどこかで雪祈が再び登場するシーンを見てみたい。雪祈が復活することは、既刊単行本のBONUS TRACKで明らかになっているのですが、復活に至る過程をどこかで少しでも描いてほしい。そして、もう一度、大と出会うシーンを描いてほしい。大げさかもしれませんが、それが、作者の「責任」と言ってもいい気がします(言い過ぎかもしれませんが……)。

また、ふり返ってみて雪祈というキャラクターがそれだけ魅力的だったということもあると思いました。別の角度から言うと、『BLUE GIANT』の最近の物語を動かしていたのは、雪祈であり玉田であったのではないかということです。

たしかに大は主人公ですが、しかし、大自身がぶれることはほとんどありません。ものすごい練習をしていることは伝わってきますが、でも大は悩まず、ひたすら前に進んでいきます。そのかぎりで大はすでにある程度完成されていて、だから、よくある少年マンガのように主人公がさまざまな課題を乗り越えて成長してくというプロセスがあまり見えてきません。東京編が始まってしばらくしてから(とくに7巻あたりから)、大自身のスランプや挫折といった描写はあまりなかったと思います。全力で演奏すれば、ほとんど誰もが「すごい……」と認めるわけです。凄い演奏をすることは当たり前に近くなっており、すでに成長(それまでとの断絶を伴う、飛躍を必要とする成長)が終わっているかのようにも見えます。

だから、物語としてみたとき、『BLUE GIANT』は、いつのまにか大の物語ではなくなっていたかもしれません。主人公として物語の中心にはいますが、しかし、物語を駆動させていく「エンジン」ではなくなってきていた……。むしろ、物語を動かしていたのは、玉田であり雪祈だったのではないか。悩んで藻掻いて必死に進もうとしていたのは、あるいは、壁にぶつかってその壁を打ち破ろうとしていたのは、玉田であり雪祈だったのではないか。その悪戦苦闘がここ数巻の『BLUE GIANT』の物語を動かしていたように思います。この点でも、今回の終わり方はショックでした。

これから海外編がどう進んでいくか、ひとりになった大が、もう一段階、現状を超えていく姿、(9巻のBONUS TRACKの平さんの言葉を用いるなら)「カラがバリバリとはがれていく」姿をぜひ見てみたいです。

# 石塚真一

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