- 『羊をめぐる冒険(上)』
- 講談社
- 2004年11月15日頃
- ISBN: 9784062749121
- 講談社文庫
あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。その後広告コピーの仕事を通して、耳専門のモデルをしている二十一歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。北海道に渡ったらしい“鼠”の手紙から、ある日羊をめぐる冒険行が始まる。新しい文学の扉をひらいた村上春樹の代表作長編。
しばらく前から、村上春樹さんの作品をなるべく最初から順番に読んでみようと思って試しています。この本は長編としては3作目になるのかな。たぶん公刊されてそれほど時間がたっていないときに一度、読んでいます。でも、内容をほとんど忘れており、うっすら記憶に残っているのは、草原と屋敷のイメージだけでした。
うん十年ぶりに読んでみて、たいへん面白かったです。なにより物語の骨格がかっちりと組み立てられている点が印象的でした。しばらく前に最初期の『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』を読んだのですが、それらは明確なストーリーがあるようでないようなものでしたので、ずいぶんと変化したように感じました。また、後半になってくると、ミステリーやホラーに近いというか、いろいろ謎が提示され、その謎に少しずつ迫っていくという流れがあります。そのため、いわばドライブがかかってきて、どんどん読みたいという気持ちになりました。このあたりも先行する2作品とは違うと感じました。
また、なんとなく思ったのは、以後の作品にもつながっていくような要素が、かなり見受けられることです。たとえば、人智を越えた悪(のようなもの)、日常生活と地続きの超常的なもの、個々の人間をどうとでもできる「システム」、秘密結社(のようなもの)、アジアや戦争の影、日本近代史とのかかわり、などです。ここにすべてがあったというわけではありませんし、最初からそんなに展開されているわけでもないのですが、原初的なかたちですでにあったように見えるのは、おもしろいです。
あと、本書は物語としては完結しているのですが、提示された謎のすべてがきちんと説明されているかというと、そうでもないかなと思います。いちいち丁寧に説明しないことも、もしかすると以後の作品に共通しているかもしれません。
一点、気になったのは、「彼女」は結局、なんだったのだろうということ。すべてをストーリーに還元する必要はないと思いますが、でも、物語の進行にとって、どういう意味を持っていたのか、いまひとつ、よく分かりませんでした。いてもいなくても同じとは言わなくても、とくに後半、主人公と一緒にいることの意味合いがあまりないように感じました。
ともあれ、次は同時期の短編集を読んでみようと思っています。